気分が落ちるのは
うつ病とは限らない
クリニックを初めて受診される方の悩みでよく見かけるのが<気分が落ちる><浮き沈みが激しい>
です。うつ病と考えてしまいがちですが、そうとは限りません。
うつ病では不眠やだるさ、集中力がないなど体調の悪さが印象的で、気分が落ち込むことは案外目立たないものなのです。
いちばん気になる症状が気分の浮き沈みならば、双極性障害(双極症)かもしれません。双極性障害では軽躁病エピソードと呼ばれる特徴ある状態がみられますので、うつ病と区別がつきます。
アメリカ精神医学会の分類基準DSM-5に沿って見ていきましょう。
双極性障害では抑うつエピソードと
軽躁病エピソードの
両方がある
双極性障害(双極症)という名前は、抑うつと軽躁のふたつ(双極)をもっているものという意味です。
<抑うつエピソード><軽躁病エピソード>の両方が過去に起こっていたことを確認できた時に双極性障害の診断がつきます。<エピソード>というのはなにか特徴のある症状が続いていた時期のことです。
◇抑うつエピソード
抑うつエピソードは双極性障害の経過のなかで起こる<うつの時期>です。
その内容としてDSM-5では
- 気分が落ち込む(抑うつ気分)、悲しみ、空虚感
- ものごとに興味がもてない、生き生きとした喜びを感じない
など、うつ病の診断と同じ症状があげられています。
◇軽躁病エピソード
次のような状態が4日以上続いている時期のことです。
- 自信が一気に増す。勉強や仕事がどんどんできる気がする。
特別に根拠はないが、なんでもできると確信している。
- 睡眠を求めなくなる。
あまり寝ていなくても朝、(奇妙に)さわやかな気分になる。
- 口数が増える。話し続けなければならないという勢いのようなものを感じて、しゃべり出したら止まらず余計なことも言ってしまう。
- 注意が散漫になり、ちょっとしたきっかけで、今しなくてはならないことから気がそれてしまう。不注意でミスが増える。
- 買い物が止まらない。
- ふだんなら用心してやらない、後で困ったことになりそうなことをやってしまう。
このように、双極性障害らしい特徴がはっきり現れるのは軽躁病エピソードの時です。
双極性障害はうつ病の
なかに埋もれている
双極性障害の方が初めて受診なさる場合、ご自身ではうつ病だと思っているのはよくあることです。
うつ状態で受診し、軽躁病エピソードの記憶がなければ診断的にはうつ病ということになります。後から軽躁病エピソードが起こったとき、あるいは本人が以前に軽躁病エピソードがあったと思い出した時に双極性障害の診断がつくわけです。こうしたことを知っていないと、途中で診断が変わって少し混乱するかもしれませんね。
余談ですが、時間の経過で診断が変わることは、精神科・心療内科ではわりとよくあることです。治療していくなかでその人がこれからどうなっていくのかがだんだんわかってくるのです。「今の診断名だけきいてくればいいと言われたので教えてください」などと聞かれると答えに困ってしまったりします。
双極性障害の診断には、過去に起きたことも、これから起きることも含めて、抑うつエピソードの中に埋もれている軽躁病エピソードを注意深く拾い上げることが必要です。
なぜ軽躁病エピソードに
注意するのか
うつ病と双極性障害は治療面で大きな違いがあります。たとえば、うつ病には効果のある抗うつ薬を双極性障害の抑うつエピソードで同じように使うとイライラやあせりが出て症状をこじらせたりすることもあるので注意が必要です。
軽躁病エピソードは社会の中での立場、人間関係に悪影響を及ぼすので心配です。軽躁病エピソード中に度を越した買い物をした結果、クローゼットにあふれる服と、カードの請求を目の前にして困るという話はよくあります。わかっていてもなかなか止まらない買い物は、困惑と、自信のなさにつながるようです。
人間関係の混乱も心配されます。言いたくてずっと我慢していたひと言を「もういいや!」とばかりに口に出した後、こじれた人間関係の後始末に追われながら後悔しているとか。ふだん人づきあいに慎重なはずなのに、同時に複数の男性と付き合い始めてしまってどうしたらよいか困る、などもよく聞く話です。
軽躁病エピソードの後に抑うつエピソードの時期に入ると、後悔やむなしさを強く感じてつらくなるかも知れません。そんな状態で軽躁病エピソードの後始末をするのはかなりたいへんで、戸惑うものではないかと思います。抑うつエピソードの時期を乗り切るためには、その前の軽躁病エピソードの時期をできるだけダメージ少なく過ごすことが大切なのです。
軽躁病エピソードを
早期発見して治療する
軽躁病エピソードに早く気づき対応した例をお見せしたいと思います。
前に書きましたように、軽躁病エピソードでは睡眠への欲求が減ります。
<睡眠を求めなくなる。あまり寝ていなくても朝、さわやかな気分になる>
ここに注目すればよいのです。
12月4日から軽躁病エピソードが始まっていることがわかります。寝ていないのに元気いっぱいな様子が一目でわかりますね。
この表を作っておいて毎朝書くことにします。記入は30秒あればできますし、これで十分です。
このように目で見てわかれば、たとえば12月7日にわざわざ大きな会議や買い物の予定は入れなくなりますね。慎重に行動しようという意識が働くでしょう。そして、治療に慣れていれば、次の診察日まで待たず、自分で薬の量を増やすはずです。どの薬をどこまで増やしてよいかあらかじめ診察で相談して決めてあれば、迷いなくやれるでしょう。
このように「自分でコントロールできる」ことはやがて自信につながっていくでしょう。
関連項目もごらんください。
注意1
双極性障害と双極症は同じものです。
以前から双極性障害と訳されていた英語診断名のBipolar Disorderのことを双極症と呼ぶように、学会などから提案されています。あまり聞き慣れないと思いますので、このホームページでは双極性障害で統一しています。
注意2
双極性障害にはⅠ型とⅡ型があります。この項目で取り上げたのは双極Ⅱ型障害です。双極Ⅰ型障害については割愛しました。
双極Ⅰ型障害は古くから躁うつ病と呼ばれ、遺伝を含む体質の面でも、うつ病や他の病気とは別の独立したグループです。最近では、双極Ⅱ型障害であっても、双極性障害はうつ病とは違う独立した病気だとみなされる傾向にあります。